自分へかえるブログ

本来の自分の姿に立ち返る為のブログ

頑張っていない人なんていない

こんにちは、トーマスです。

最近身近でこんな言葉をよく耳にします。

「みんな大変な中で頑張ってるんだからあなた(あの人)が出来ないというのは言い訳にならない」


これ、トーマスが言われたわけじゃないんですけど、なんだかよく耳にする機会が多くて、そのたびに(???)ってなってました。

目次

【受け取り方で全然違った言葉の真意】

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例えば、この発言を言っているのがAさんだとして、言われているのがBさんだとします。

最初トーマスはAさんがBさんを励ましてるのだとばかり思っていました。

「みんな大変な中でもなんとか頑張って出来ているから、Bさんもきっとできるよ!大丈夫!頑張れ!」

みたいな感じで勝手に脳内変換されていて、

(Aさん良い人だなー)とか(Bさんファイト!大丈夫だよ!うんうん)とか思ってました。

が、そんなある日、AさんがBさんをあまり良く思っていないという内容を他の人から聞いてビックリ仰天。

「AさんはBさんにムカついてて、Bさんにも直接言ってるみたい。他の人がやってる事をなんでBさんはやらないんだ、自分だけ楽するのは違うだろ!って」

という事でした。なにが怖いってトーマスの頭の中のお花畑さ加減が超絶怖かったです。

【トーマスが(???)となった理由】

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・Aさんの中ではBさんは自分だけ楽をしようとしている認識。

・Bさんは時間のやりくりがあまり得意ではないので常にいっぱいいっぱいの状態。


これって……キツいですよね。

どっちが正しいとか、どっちの味方とかじゃないんですよ。

○真面目で管理上手のAさんから見たら、Bさんはだらしがなくていつも楽な方へ逃げ、やらなければならないこともやらない。

○Bさんにしてみれば、サボってるつもりは毛頭なく、日々の労働でヘトヘトなんだから他に何かをやる余力が無い。だからAさんの求めるものは受け入れられない。


互いの価値観や優先度、生活環境の違い、感じるストレス量の相違から起こる相手への不満。

「みんな頑張ってるんだから」


この言葉はとても残酷な言葉。

これをもしトーマスが言われたら……

(あぁ……自分は本当にハナクソだな……みんな頑張ってるのに自分だけちゃんと出来ないなんて……やっぱり甘えてんのかな……)

とかなんとか思っちゃうかもしれません。

いや、どうなんだろ。

ひと昔前なら確実に思っていたとおもいます。

【出来る事は出来る、出来ない事は出来ない】

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ただ今は1日1日を精一杯やってる自負があるので、先程のような言葉を言われても恐らくこう思うでしょう。

「みんな本当にいつもありがとう。トーマスの至らないところをカバーしてもらって助かってます。トーマスも出来る限りの事はやります。でも出来ない時はごめんね。これ以上無理したらトーマスお陀仏になってしまう」

と。

出来る事は出来るし、出来ない事は出来ない。

体が元気でも気力が無ければ動くことは出来ない。

気力があっても体が元気じゃなければ倒れてしまう。

実は1番キツいのは〘体が元気で気力が出ない状態〙。何故ならこの状態は自分の中に《罪悪感》をもたらすから。

【気力が無い状態というのは】

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これは電池の切れた玩具みたいな状態。もしくはバッテリーの切れた車とかね。

ボディが傷ついているわけでも無いので見た目からは何がダメなのかわらない。

傍から見れば「電池が切れたんなら電池交換すれば良いだけの話でしょ?」とかなる。電池交換が不可能な環境だったとしても、「だったら手で動かせばいいじゃない」ともなる。

だけど当の玩具とか車にしてみれば、何で自分が動けないのかがわからない。

体はなんとも無いのにどうしても動けない。無理やり動こうとしても「ギギ……」とかしか言えないし、動作もモッタリしてしまう。

周りは動かない自分を見て「あ~あ……」と残念な表情をしている。

なんだか自分がとっても役立たずになったような気分になる。

電池交換したくてもやり方がわからない。わかったとしても電池交換する余力さえも残っていない。



自己嫌悪



ツラいですね。

【出来ないものは仕方ないじゃない!という開き直り】

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防衛本能なんですよね。自分の心を守るための。

自分が出来ない事、出来ていない事が誰よりも自分でわかっている。だけど周りの批判を受け入れてしまったら自分の心が罪悪感で潰れてしまう。

だから精いっぱい開き直る。

自分は傷ついてなんかいない。

自分は悪くない。

仕方ないじゃないか。


罪悪感に負けないように一生懸命に、自分の奥底の本当の自分を守る為に虚勢を張る。

そんなふうに必死に頑張っても周りは余計に批判を強める。

「何を開き直っているんだ」と。

【みんな頑張ってるんだから!と言う側】

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この言葉が出る人は実際に目に見えるカタチで頑張っている人だと思います。

辛くてもキツくても自分を奮い立たせて、自分の為に周りの為に。

体調が悪くても、仕事が忙しくても、自分に鞭打って頑張って、そして得た達成感と信頼。

乗り越えた先に何があるかを知っているから、乗り越える事が出来ない人、乗り越えようとしない人を見ると腹が立ってしまう。

何故もうひと踏ん張りしないんだ、と。

自分にだって出来たんだからあなたにだって出来る筈だろう、と。

出来ないって事は全力を出すことをせずに楽を選んでいるからなのだろう、と。

基本的に頑張り屋で良い人なんですよ。

ただ、あまりにも真っ直ぐ過ぎて他の道や可能性や理由に目をやる事が出来ない。考えつかない。

何故なら〘自分は出来た〙という揺るがない目に見える実績があるから。だからどうしても出来てない人が怠けているようにしか映らない。

怠けたら周りに迷惑がかかる。周りが良く思わなくなる。そんなふうになるくらいなら頑張った方が良いに決まってるじゃないか。


そんな感じ。

【相手の立場になって考えてみましょう、では片付けられない両者の違い】

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人は育った環境も今ある環境も考え方もそれぞれ違います。

生まれながらの大富豪は生まれも育ちもスラム街の人の気持ちはわかりません。想像したとしても「こんな感じでしょ?」程度でしょう。

生まれも育ちもスラム街の人は大富豪の感覚がわかりません。味わった事が無いから想像すらうまいこと出来ないかもしれません。想像しても「こんな感じでしょ?」程度でしょう。


子ども1人の人から見たら、子ども10人の人の生活模様は「ウソだろ!?もっと子ども1人1人をきちんと見てやれよ!見れないなら産むなよ!」ってな事の連続だと思います。

子ども10人の人から見たら、子ども1人の家庭は金銭的にも時間的にも余裕があって好きなことを自由に出来るように見えるかもしれません。

まぁ、上記の例は極端なんですけど、結局どんなに相手の立場になって考えようとしたところで、想像の域を出ないんです。


いやいや、子ども10人の人は最初の子の時は子ども1人だったんだから子ども1人の人の気持ちわかるでしょ?って思いますか?

例えば2人目の子が産まれたのが翌年なら、わかるのは2人目を妊娠するまでの数ヶ月間の気持ちだけです。2人目が3年後に産まれたとしたら、わかるのは2年かそこらまでの気持ちだけです。

人は自分が実際に経験したことしかわからないのです。

【互いが分かり合うためにはどうしたら良いのか】

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実際に経験したことしかわからないのなら、どうやってわかり合えば良いのでしょう。


まずは自分を知る事が鍵となります。

・自分がどんな環境で生きてきたのか。

・自分の考え方(性質)はどんなものなのか。

・自分に出来る事は何なのか。

・自分が出来ない事は何なのか。


自分の事がある程度わかってきたら、次は相手の事を想像してみます。

・相手の環境はどんなものなのか。

・相手の性格はどんなものなのか。

・相手の出来る事(出来そうな事)はなんなのか。

・相手の出来ない事はなんなのか。


相手の事は想像するしかありません。言い換えてみれば想像する事は出来るのです。

人によって怒りの沸点が違うように、人によってツラいと思う基準値は違うのです。

それを頭の片隅に置いて

(自分にとってはこれは可能な事だとおもうけれど、相手にとっては苦痛レベルの事かもしれない)

(自分にとっては到底無理な事だけれど、相手にしてみれば少し無理をすれば出来る筈と思う事なのかもしれない)

と、こんな風に想像してみます。

そこで相手と自分の違いが見えてきたなら、出来る事はただ1つ。


伝える事と聞く事です。


「自分はこう思っているのだけど、あなたにしてみたらどう?」

「自分は今こういう状態で、あなたが求める事がとてもツラい」


これは結構勇気がいりますよね。

いっその事関わりを絶ってしまった方が悩まなくて済むじゃないか、と思う事もあるのではないでしょうか。

【関わりを絶つ事の責任】

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関わりを絶つとその時は随分と楽になるんです。

だから関わりを絶つ事が悪い事だとは思いません。

関わりを絶つという事は自分の為だけに生きるといことなのです。

だから自分の世界だけに生きていければそれで良いという人はそれで良いのです。

そのかわり発展?進化?のスピードは著しく下がるのはいた仕方ないでしょう。

人との関わりは自身の成長にとって物凄い促進剤となるのです。

【いきなり米津玄師さん】

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今や絶大な人気を誇る天才アーティストの米津玄師玄師さんですが、彼はもともと引きこもりで出来るだけ人と接したくないタイプの方だったんですよね。

ニコニコ動画で歌やアニメーションをupしていて、そこからスカウトが入りプロになったわけですけど、何しろ人と接するのが苦手だった為にライブとかは大嫌いだし必要無いとも思っていたそうです。

絵も出来る、歌も歌える、音もパソコンで創れるので全部1人でやった方が何より気持ちが楽だったようで。

1人でやれば人と接しなくても良いし、自分が良いと思えるものだけ創れば良い、と。

しかし徐々にその認識は変わっていきました。

結果が出たのはファーストアルバムの【diorama】

自分が感じる美しさとかを100%詰め込んだもので、これはもう世界一素晴らしいものだと、正直1位をとると思っていたけど、そうではなく。(凄い売れましたけどね)

その時に自分がやっていたものはニコニコ動画の中でだけ通用するものであって、自分が感じる美しいと思うものは世界共通のものではなかったとようやく気づいたと言います。

「ずっと1人でつくってきてラクな方へラクな方へ進んでいった先が今だとしたら、俺がとらなかった、ラクじゃないほうの選択を今一度やらなければいけないんじゃないか。人と面と向かって会話をして、誰かと一緒にものを作る、誰かのためにものを作ることをやらなければいけないんじゃないか」

そう考えるようになってその後の制作に向かっていったそうです。

そんな米津玄師さんの言葉でトーマスが心に残ったものがあります。

【自分1人で出来る事はたかが知れてる】

1人で全てをこなしていけるだけの才能やスキルを持ってしても、人と繋がって摩擦を起こして、イライラしたり悩んだりしたりしながらでも、その先に出来上がったものは自分1人では到底成しえないモノであったと実感したそうです。

大成功をおさめた彼の言葉はとても重く、1人であることのラクさと、人と繋がる事での苦労の末に出た結果が素晴らしいものだった事の両方の世界を経験して知ったのですね。


【結局みんな頑張っている】

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ぶっちゃけね、頑張ってない人なんていないような気がします。

一見なにもしてないように見えたとしても、それぞれがそれぞれの世界の中で必死でもがいている。
生きようとしている。


ある人は精力的に動いて

ある人は引きこもりになって

ある人はその日その日をなんとかやり過ごして

ある人は寝たきりの状態で


どんな環境でもどんな状態でも、みんな生きてるんですよね。

それだけで凄い。


とんでもなく性悪の人がいたとします。

人に迷惑ばかりかけてる人がいたとします。


周りから批難され、大勢の人に嫌われる覚悟。


トーマスにはその覚悟がまだ足らないです。

だから純粋に凄いと思うのです。

自分の尺度で他者をジャッジする人の事をトーマスは悪いとは思いません。

その人はその人の基準で相手を批難するという経験をしているに過ぎないから。

自分の事しか考えずに周りに迷惑ばかりかけてる人の事を悪いとは思いません。

その人もやはり〘そういう経験〙をしているに過ぎないから。


このブログで何度も言っていることなのですが、要は【自分がどう在りたいか】なのです。

人の事はその人に任せれば良いのです。


ちゃんとしていたいと思うなら自分がちゃんとすればいい。

面倒臭い事が嫌ならしなければいい。

人から嫌われたくないなら嫌われない行動をすれば良い。

面倒臭い事はしたくなくて、かつ人から嫌われたくないならその方法を考えてみればいい。

方法がわからないなら調べればいい。

調べてみてもわからないなら実際に動いてみて試せばいい。



ただそれだけの事です。

【まとめ】

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こういう話をするとね、よく言われるのが

「それだと見えるカタチで頑張ってる人が損じゃないか」

っていう人が必ず出てきます。

損だと思うならやらなければ良いんですよ。


「でもやらないと周りに迷惑かかるじゃないか」


周りに迷惑をかけるのが嫌ならやれば良いんです。


「真面目にやったらバカをみるってことになるじゃない?」


そう思うなら真面目にやらなきゃいい。

損得や周りの反応を考えるからややこしくなる。

自分がどう在りたいかで行動すると意外にストレスは半減するものです。だって自分がそうしたいと思ってやっているのが自分の中で明白だから。

瞬間的なストレスはあるかもしれません。でも、それは長くは続きません。


自分が自分に正直である限り。



こんな感じで本日ここまで!

いつもあなたが笑顔でいられますように。

それではまた!


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